「白生地に、みらいをのせて。」とは? 「五泉産地の継続・発展」とは?

五泉商工会議所ニュースの「元気な五泉の若手登場 」というコーナーにのせて頂けることになり、10月1日に五泉市の新聞に入るらしいです。もう若手じゃないし・・・恥ずかしい・・・と思いつつも、このような機会を頂けた事に大変感謝しています。なぜなら、地元の人に、「日本三大白生地産地」である五泉の絹織物をもう一度知って頂く良い機会になるし、もし関心を寄せて頂いて→ホームページを見て→ブログを見て と来てくださった方(いるといいな・・)には、私たちの取組の真意を知って頂けるからです。なんかちゃっかりですね。^^;

キモチだけは若手ですよ

私は現在37歳。企業からしたら、20代で積極的に挑戦してきた事を活かし、企業の中核をなす立場(利益面でも、管理面でも、会社の未来を考える面においても)である中堅社員にあるはずです。そのような時にやめるというのは、前会社には大変申し訳なかったのですが、家業にはいり社長である兄のサポートをする、ということを決断をしました。・・・実情は色々とマル秘あり兄に入れていただいた、のですが・・感謝。年代的にも、新天地で活躍することこそ前職で教育頂いた社長や先輩、同僚等に対する感謝でもあり、生まれ育った五泉(今は新潟市在住ですが)へ恩返しと思い、新入社員同様に真っ白な状態からの視点でいるようにしています。

私のことはどうでもいいので、本題。
ここからは個人ではなく会社のメッセージです。

「白生地に、みらいをのせて。」とは?

なぜ、白生地と言ってしまうのか(=白生地こだわる)?
そこが重要で、それを正しく伝えねばなりません。
これはホームページ掲載後に言われた事でもあります。
業界自体が落ち込んでいるならば、新しい道に進むことだって今ならまだまだできますよね?って。

よくある分かりやすい例でいうと、企業戦略は4つのパターン(アンゾフの事業拡大マトリクス)ですよね。
これを機屋的に言うならば、
1.白生地で、今の市場(和装、流通が京都)を。
2.白生地で、新しい市場を。
3.白生地以外で、今の市場を。
4.白生地以外で、新しい市場を。

私たちは「白生地」といっているので、1はもっとがんばる、2も挑戦する、です。

なぜ?
それには、私たちの取り巻く業界を少しだけ知って頂く必要があります。
これは入社前に購入した本で、実に分かりやすく五泉産地のことが書いてありますが。
この本の内容や数値、現実の経営数値をみてもそうなのですが、
1のパターン(白生地で今の市場を)だけでは「長期的(継続)」にやっていくのは難しい!という結論です。
これからオリンピックもあるし盛り上がる!!と期待もありますが、今の商売のポジション(問屋経由で、エンドユーザとは一番遠い位置にある)では私たちに出来る事は限りがあります。もちろん、出来ないことはない!と言ってしまえばそうかもしれませんが、私たちにとっては、もっと優先すべきことがあるのではないか?ということです。

優先すべきこととは?

五泉の絹織物にとって、地練(じねり)が生命線であるということ。

絹は精練(せいれん)という加工を施すことで、不純物が除去され光沢と柔らかい肌触りを手にします。
この加工施設、以前はニットと五泉織物の共同精練・製織だったのですが、
現在は精練施設を五泉織物工業共同組合の4社で買い取っている、という状況です。
当社は含まれていません。
設備は生産量がピーク時に対応可能なものであるため、その維持は大きな負担と思います。
そして、この業界の落ち込みですから。
一般的には、織った地域に精練加工場があってそこで処理します。
これを 地練(じねり)と言います。
地練が出来ず、他のところに精練を持ち込む産地もあります。
それを引き受けてきたのが、京都の精練工場です。これを京練(きょうねり)と言います。

なぜ地練か!といえば、産地によって生地の特色が違うため、
その産地の織物にあったようにする加工の加減。
これこそが培ってきた経験値(歴史)で重要視されるところです。
したがってその精練場が、その産地にとっていかに大切かということなのです。
五泉産地の生命線です。

私たちは何をしなければならないか?

考えれば自ずと「白生地を織り続ける」「白生地を織る量を増やす」ということが使命となります。
需要と供給のバランスを考えれば、今は注文が減りつつありますが、これでも供給過多らしいです。
和装業界では流通過程で多くの在庫を抱え、キャッシュの回りも良くないらしいです。
それなら、需要量に合わせた生産体制に!と言いたいところですが、
上記の精練所のこともありますので、需要に身をまかせるという選択肢もとりずらい。
だから、上記の2のパターンの「新しい市場への挑戦」が必要なのです。実にシンプルな動機ですね!。
例えば、フランチャイズで、別事業をしてみよっかなぁ~などの軽い浮気はできないのです。笑

つまり、私たちが何をしなければならないか?というと「五泉産地の継続」の為の行動です。
言うのは簡単ですよね。どこの会社だって分かっている。
でも、現実は変わるのは簡単でないし、きっと何も変わっていない。
そこに勇気をもって一歩踏み出し変わること。名言すること。
それが横正機業場の決断です。
『伝統継承』と『革新への挑戦』です。
分かりやすくいうと「守ること 変わることを 楽しむ 機業」です。

現事業は、もっと頑張ります!と言いましたが、具体的にはやり方を改善していきます。
人と人との商売ですから、モノにこだわるのはもちろん +αで 見せ方、伝え方、提案。
相手のその先の商売を考えた思いやりある行動をするなど、ヒューマン要素で現状改善していきます。
新事業は、具体的な内容は企業戦略による部分ですのでここではまだ触れることはできませんが、
折をみてインターネット上で掲載させて頂きたいと思います。

目指すところ 五泉産地の継続・発展とは?

産地という言葉を使いましたが、そもそも五泉といったら、何を思いだしますでしょうか?
ニット、花、農業関係(さといも、キウイフルーツ、、)などなど。
私の新潟市の知人に聞くと・・絹織物は番付外でした!!
五泉で絹織物????? が帰ってくる言葉です。
市役所のHPをみたら、特産品・産業のところは、最初がニット産業、その後に村松工業団地!?、織物産業と来ていました。
工業団地・・確かに産業といえば産業ですね。
皆がご存知のニット産業も、1945年の五泉大火に見舞われ織機の大半を焼き尽くす事になり、
戦後の素材変革にともなう生産品種の転換を図り、メリヤス産地へと変貌を遂げた、と言われています。
ニットの会社でも、自社ブランドを立ち上げたり、ネットショップをしたり、OEMだけに依存しない、
新しい自活戦略を打ち出して、Made in Gosenを発信している会社が沢山あります!
これからもっと競争が激しくなり、グローバルになっていくなかで常に先を見据えて挑戦しています。
機屋だって自活できるようにならなきゃいけないし、
同じように未来を考え行動できるようになれば、自然と接点が産まれ、
ゆくゆくは日本を代表する創造ファッション産地になれればいいと思います。(勝手な思いですが)
その為には私たちは「依存」ではなく「自活」を目指します。
意欲あるもの同士が組まなければ意味がない。

・日本一の生産高を誇るニット産地である五泉
・日本三大白生地産地と言われる五泉。
これだけの大型集積地が同じ場所に構えることは、日本全国見て他にあるのでしょうか?
これは「地域環境資源」に依存するものでなければ成し得ません。
その環境(水資源でしょう!)が五泉にはある!ということを誇りに思います。

ただ、現実、その環境資源を活かした発信ができていません。
それどころか、組合もまとまっていない気がします。(こんなこと書いてごめんなさい)
先日、五泉のひゃんで花火がありました。協賛金のところに、五泉織物工業共同組合の名前がない!
あれ~って思いました。五泉のメインイベントの1つに貢献できていないのか・・と現状を再認識した次第です。
別にそんなの大したことじゃないじゃん、と思うかもしれませんが、私にはがっかりした事の1つでした。

五泉のためにできること

上記でいう新市場の挑戦とは関係ないことですが、少しご紹介を。
横正機業場の正絹生地だけをつかったアクセサリを京都の作家さんとタイアップして作っています。
・花の町である五泉を少しでも盛り上げたい。
・当社理念である「泉華」を追求したい。
・良質の絹織物を目にする機会・触れる機会 顧客との接点を増やしたい。
そんな思いを「白生地にのせて」やっています。

これを作っても生地は消費しないですし、一つ一つ手作りとなるため生産量も限られていますからね。
先ほどの「白生地を織る量を増やす」には、はっきり言って結びつきません。笑
でも、こういうことこそが長期的に見たら必要と思っています。
五泉で高齢者や老若男女問わず作れるようになり、町全体に花があふれるようになったら、
ファッション小物にも・・・そう未来の展開を想像するだけで楽しい!
そんな日を夢見て、こちらもまず一歩踏み出した、というご紹介です。

さいごに・・・

先日、五泉のとある方から、お客様をご紹介頂きました。ありがとうございます。
なぜ、いくつかある機屋さんから当社をご紹介頂けたのか?という経緯をお聞きしたら、
お客様から「若い人が頑張っているところがいい」という話だったそうです。
お客様にとっても長期にわたって商売を続けていける信頼できるところを求め、
そして、その期待に応える責任が、私たちにはある!と改めて認識しました。
兄も私も年を重ねていきますが、常にキモチを若く、兄弟で挑戦し続けていけるような会社でありたい、と思っています。

ABOUTこの記事をかいた人

横野弘征

㈱横正機業場(YOKOSHO)専務取締役。新潟県五泉市で絹織物白生地製造を行っています。2013年に36歳でシステムエンジニアから兄と共に家業を継承するため転職。『伝統継承と革新への挑戦』がテーマ。製品(素材)の素晴らしさはもちろん、「100年企業」として培ってきた歴史を支えた職人さんこそが最大の商品として魅力を発信していきます。経済産業省認定 ITストラテジスト取得。